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☆ Smile KSW ☆

俳優クォン・サンウ氏のファンであるnatuの日常のつぶやきブログです。 
昨日の夜・・・・・
こんばんは~~~^^

昨日は選挙、そしてサッカーワールドカップの決勝戦でしたね。


日本中が、熱い熱い夜でした。



おまけに、わが家は深夜、数年ぶりにリビングに「ゴキ○リ」がでました(><)!!!

選挙速報を見ていると、娘が「きゃ~~~!!!」と、めったに聞かない悲鳴。


5年以上わが家では「ゴ・・・・」を見てなかったので、娘はもう大騒ぎ。

私は、掃除機で吸い取ろうと大追跡。


結局吸いこんだみたいですが・・・・



「北海道に移り住みたい!」と、叫んでいます。

私の実家も、山間地なのでゴキ○リは出ませんが、他の色々な虫ががいるので

却下だそうです。


最近の若者は、極端な虫嫌いが増えているみたいで 困ったものです。


ゴキ○リ1匹で、なんであんなに騒ぐのかよくわかりません。



さて、掃除機で追跡しなんとか捕獲したようなので、

安堵して掃除機をそのままに休んだため、

夜中に再び息子に起こされるはめに(><)



今度も息子と大追跡。

今回は逃がしたのか吸いこんだのか分からず・・・・


真夜中にベランダに掃除機を出し、息子の照らすスライトのもとで調べましたが

どうやら、捕獲はできなかった模様。とほほ・・・・



それで、今朝一番で「ゴキ○リ ホ○ホイ」を、4ケース買ってきて

家中にしかけました。

外から入ってくるので、玄関やベランダを中心に置きました。


しばらく、油断できません。




お陰で、只でさえ蒸し暑いよるが、更に蒸し暑くなり・・・・


その上、私の投票した候補者は二人とも落選するし、

娘に頼んだ候補者もことごとく落選し・・・・



相変わらず、応援するサンウくんはネットで叩かれ・・・・



なんだか、思いっきりアウェイな夜でした。

お粗末(><)


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300万突破 そして感想色々


'飽和の中に',300万突破…今年韓映画中3番目

入力:2010-07-12 15:16:51

戦争ブロックバスター映画'砲火の中に'(監督イ・ジェハン)が封切り4週差300万観客を突破した。

12日配給会社ロッテエンターテイメントによれば'砲火の中に'は、11日まで全国観客301万人を動員した。

これに伴い'砲火の中に'は'義兄弟'と'ハーモニー'に続き今年300万人を越えた三回目韓国映画で記録された。

配給会社側は"'砲火の中に'は'シュレックフォーエバー' 'ナイセンデイ' 'イクルリプス'等ハリウッドの大作隙間でも先週末27万人を越えるなど比較的安定した観客動員率を記録中"としながら"来る14日封切りを前にして'苔'とともに韓国映画興行はえ縄漁業に出ることができるものと見られる"と展望した。




まずは、良かったです。


ところで、前の前のエントリーで引用させていただいた方(偏食主義者さん)が

指摘されたこの映画の問題点について、


今日、ネットで色々な感想を読むうち、なるほどと思いました。



やは、愛国心を鼓舞する映画なんですね~~

イデオロギーなしで見て頂きたいが、なかなかそうはいかなかったみたいです。


たとえば・・・・

'飽和の中に'観客が'派手な休暇'より多くなければならない理由

2610.07.12 14:22

今日午後6時40分からソウル大韓劇場5階9館で上映された'砲火の中に'は、満員だった。 日本記者が話したように映画を見た後気持ちがすっきりした。 最近韓国の戦争映画に必ず挟まる反米親北朝鮮の臭いがなかったためだ。 それでも北朝鮮軍を悪魔で描いたのでもない。



6・25戦争の時志願入隊した学徒兵らが浦項(ポハン)のある学校を守る戦闘が映画の主題だ。 話を広く広げないで小さい空間に圧縮しておくと迫力感が加わった。 戦争場面の緊迫感は米国映画水準だ。 '生まれて初めの人を殺した手でお母さんに手紙を書く'学徒兵中隊長チェ・スンヒョン、'少年院の代わりに戦場を選択したにせ物学生'クォン・サンウ、'学徒兵71人を守りたかった戦争の中のヒューマニスト'キム・スンウ、カリスマある人民軍将校チャ・スンウォンの演技対決も見るに値する。



本映画が終わって字幕が出てきながら実話の主人公ら-おじいさんらが登場して過去を回顧する。 観客らが出て行って立ち止まってこれまで見ていた。



映画を通じて久しぶりに'赤' '傀儡軍'という話を思う存分聞いた。 大韓民国勢力が共産主義に勝った用語の力を感じることができた。 キム・ジョンイルを追従する者らを進歩と呼ぶ限り思想戦で勝つことはできない。 彼らを'赤'と安心して呼ぶことができる時、大統領と野党代表が天安(チョナン)艦を撃沈させた北朝鮮軍を'傀儡軍'とよどみなく呼ぶことができる時南北関係の主導権を私たちが握るはずだ。



大統領府秘書室職員らと令夫人が去る9日'砲火の中に'を大統領府庁舎で観覧したという。 観客が300万人に肉迫している。 2007年夏、キム・デジュン、ノ・ムヒョン、パク・クネのような政治家たちが光州(クァンジュ)事件を扱った反乱軍映画'光州5.18/華麗なる休暇'を観覧、観客動員を助けた。 '光州5.18/華麗なる休暇'は実話に土台を置いたといったが空輸部隊を良民虐殺集団で操作した偽りと憎しみの映画であった。 '砲火の中に'は、愛国心とヒューマニズムの映画だ。 '砲火の中に'の観客が'光州5.18/華麗なる休暇'より多くなければならない理由が多い。



ソウル、京畿道(キョンギド)教育長も学生たちに'砲火の中に'を見物するように推奨しなければならないだろう。 民主党と民主労働党議員らもこの映画を見物すれば悟るところがあるだろう。 ハンナラ党議員ら中この映画を見て感想文を書いた人がいるのか分からない。 あるならば彼は代表感だ

コチラから、お借りしました。

コチラ

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飽和の中に勝利の中に

照会6510.07.06 16:54オリバーcsrc****

映画“飽和の中に”という、映画に登場する北朝鮮軍大隊長の口を借りて、韓半島での戦争は誇大妄想的な精神錯乱症患者であることが明らかな北朝鮮の‘偉大な首領’が北朝鮮軍に“何の日まで釜山(プサン)で進撃して韓国を解放させなさい”と命令しさえすればあるスンガネドゥンジ起きることができるようになっているという事実を描き出している。 このような場合にこの国若者たちが考えなければならない私たちに与えられる選択は簡単明瞭だ。



こうした侵略がある場合、抵抗をあきらめて屈服を選ぶのか、でなければ死力をつくして抵抗することによって私たちが成し遂げておいた価値らを守護するのかの二者択一の問題になることだ。 ところで、このような二者択一をハムにおいてこの国の若者たちが必ず考えなければならない命題がある。



それは彼らが抵抗をあきらめて屈服を選ぶ場合、彼らが覚悟しなければならないことがあるということだ。 すなわち、今日世界で雄飛する自由民主国家の大韓民国で彼らが享受する自由と繁栄、そして人間としてのすべての基本権利を剥奪されて全世界の嘲弄(冷やかし)の種になっている失敗した国家の北朝鮮土地の2千3百万同胞らが体験している足かせの生活を甘受しなければならないだろうというものだ



それで“戦争は私たちが起こさないでまた、私たちが挑発しなくても、そして私たちが戦争から逃避しようとしても、私たちの意志と関係なく起きることができてひとまず戦争が起きれば私たちは戦争に参加して熱心に戦って勝利することによって私たちが守らなければならないことを必ず守らなければならない”ということだ



‘父兄’らが最初から彼らの子供らを連れて行って共に見てもでなければ先に見て子供らに観覧を薦めてこの国青少年らが映画'砲火の中に'を観覧するようにしたら良いと考えてみる


~~~~~~~~~~~~~


反共映画ではないけれど、反共に使うこともできる・・・・

そんな映画ですね。



もう一度、この映画に批判的な方の文章をお借りしてきました。


[映 画]砲火の中に 私が勝手に読んで見ること

/ 2010/07/10 14:05



映画'砲火の中に'は、朝鮮戦争時期韓国軍に編入されて慶北(キョンブク)、浦項(ポハン)で北朝鮮軍と戦った71人の学徒兵らの話を扱った。 まずハリウッド戦争映画に比べても大きく遅れない実感できる戦闘シーンに目がくぎづけとなったほどであった。 クォン・サンウの姿が映画'アルチュク青春通り'の末尾に彼が見せた'野性化されたヒョンス'の再版であるようでちょっと惜しかったが、映画の没入を邪魔しないほど良好だったタップの演技は印象的であり、チャ・スンウォンとキム・スンウという二人のベテラン俳優が安定感を付加しながら劇のクォリティーを高めた。 演技以外の内容的流れも全般的になめらかだった。 しかし'ガキ大将を一度受け持ったことない'オ・ジャンボム(タップ)が学徒兵の中隊長という重責を引き受けることになった時とてもばつが悪がりながら、突然リーダーシップを発揮するということと、学徒兵らが何度か練習したことに比べて銃をとても上手く撃つという点で多少蓋然性が落ちた。



最も指摘したいのは映画が伝えようとするメッセージの理念的ポジションが曖昧だったという点だ。 オ・ジョンボムが'角のある怪物'程度で描写された'北朝鮮'が、やはり自分たちと同じ平凡な人であることを悟る場面等を通して南北両側人民が皆戦争の被害者であることを暗示したりもするなど、映画中盤までは主に戦争の残酷性に対して語ろうとするようだった。 しかしやはり韓国の見解で南側の学徒兵らを主体で話を解いていく限界があるためなのか、祖国を守る韓国軍としてのアイデンティティを自覚する学徒兵らをかっこう良く包装して、ついに北朝鮮を悪漢主な敵に作ってしまう。 学徒兵らが守る浦項(ポハン)女子中に韓国の援軍が到着した時、反射的に安堵感を感じて快哉を叫んだのはただ私だけではなかっただろう。結局この映画は製作者らが意図しようがしまいが、結果的に'国家主義'と'反共主義'および'反北朝鮮情緒'を喚起させる。




朝鮮戦争の本質は北朝鮮の南への侵略で広がった国家間戦争でなく、イデオロギーでその外皮を包んで世界覇権を争ったソ連と米国、そして韓半島全体を掌握しようとする野心で燃えたキム・イルソンとイ・スンマン政府という国家権力どうしの対決だった。 それによって被害を受けたのは'韓国'でない。 自分の意志反他意半分で徴兵されて戦場で命を失った軍人や、その隙間で命を失った民間人ら、すなわち北朝鮮と韓国の一般人民らだっただけだ。 戦争中、米軍と韓国軍の韓国良民虐殺のような事件がまさに、北朝鮮でなく人間らが行う戦争という野蛮的行為それ自体が主な敵であることを証明する良い例だ。 このような戦争と分断の裏面と中層性を見過ごすならば'愛国'と'安保'の論理で民衆らを制御および動員する国家権力でも'赤'云々しながら自分たちの存立基盤を維持しようとする反共極右勢力の論理に抱き込まれるのが常だ。



一方、劇中に出てくる地図に東海(日本海)が'日本海'で表記されていて、映画に'親日反民族'ニューライト資本が入っているとして不買運動をするとなど、上映前から映画外的の部分で議論が多かった。 真偽有無を離れて特別関心がなくて、ただ絶えず'民族主義'という単純で平面的な枠組みで世界を解釈する現象が苦しいだけだ。 事実民族主義に立ってニューライトを批判するこれらは彼らが攻撃する対象と大きく異なった認識を持っていない。 民族主義的観点では'私たちの民族'が最優先視になるので、必然的にその'民族'が生きる'国家'の富強を望む。 結局韓国の資本主義的近代化と発展を無批判的に肯定して、そのためにならば生態系破壊や労働人権蹂躙など普遍的価値の侵害に対してはある程度目をとじるという点で両者は同じ認識を共有していることだ。 民族主義は状況によってニューライトが愛する国家主義によって簡単に専有されることができるので、正しくなされたニューライト批判のためには脱民族普遍主義的立場を堅持しなければならない。



'砲火の中に'とは'反北朝鮮反共'と'国家主義'コードが介入しているという側面でニューライトと触れ合っている。 この映画を拒否するならば先立って言及したように民族主義でなく'反冷戦' '反国家主義'のような普遍主義的見解で与野党妥当だろう。 たとえ映画が塀地下は理念の面では退行的だが映画自体はおもしろくよく作った。 スクリーンを血と死体でいっぱい満たすリアルな戦闘場面らがすぐに私が立っているこの土地であった戦争の悲劇を実感させてくれるためなのか見れば胸が詰まって感じでよく聞こえない。 このような悲劇が反復される1%の可能性でも遮断するためにはやく韓半島が真の安全地帯にならなければならないという考えが自然に出るほど話だ。 南北が必ず'統一'をしなければならないとは考え分しないが'脱分断-脱冷戦'時代に行かなければならないことには異見がありえない。 そしてそれは同じ民族という感情的当然の事や、統一を通じてもう少し強大国に新たに出るためという類似帝国主義的論理でない、平和の担保という側面で進行されなければならないだろう。



コチラからお借りしました。



その通りでもあるけれど・・・・・

中立的に見ると、そうとも言えると思ったりします。



このような、知的な方の感想もあるけれど、

ご希望にお応えして、続きに、普通の若い方の 感想をお借りしてきました。





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