FC2ブログ

☆ Smile KSW ☆

俳優クォン・サンウ氏のファンであるnatuの日常のつぶやきブログです。 
今日のつぶやき
少し時間が出来たので、韓国ニュースをみてみました。


知りませんでしたが、チョン・ジュノさんが、

福島で炊き出しをして下さっていたのですね。


チョン・ジュノ オフィシャルブログ

先月末27日(水)チョン・ジュノさんが福島市にある避難所で

炊き出しのボランティアをされたそうです。

ニュースにはなりませんでしたが、こうして被災地に

直接いらして、地道なボランティアをなさった、チョン・ジュノさん。


さすがですね~~。



朝鮮日報さんに、こんな記事がありました。


人気スターは昔話をされるのがお嫌いとか。

スターでなくても、苦労した昔を話題にされるのが嫌な方も

多いのではないでしょうか。

サンウくんは、どちらかというと、下積み時代のことを

感謝の気持ちで自ら話すことが多い俳優さんですね。

でも、いつまでも昔のことを持ちだされるのはいやでしょうね。


なんとなく、今日は、この記事を読んで、サンウくんが嫌がるような事

していなかったかしらと、反省しています。



人気スター「新人時代の話しないで」

 最近、映画・ドラマ・CMなど縦横無尽に活躍している女優のAさん。先日、Aさんがある食事会で顔を曇らせる出来事があった。十数年前、当時人気だった男性歌手の脇でモデルとしてCM出演した彼女の「過去」が話に出たのだ。当時のAさんは真っ先に撮影現場に来て、人気タレントが姿を現すのを待っていなければならない無名の新人だった。

 この話をしたのは、当時撮影現場にいた関係者だ。彼は「『あの時のことはつい昨日のことのように目に焼き付いているが、今やスターになったのだから素晴らしい』と言ったところ、Aさんの表情が固まっているのに気が付き、『しまった』と思った。雰囲気を盛り上げようとして話したのに、するんじゃなかった」と言った。

 どんなトップスターにも無名時代はある。だが、彼らにとって、つらかった当時のことは美しい思い出というよりも思い出したくない過去であることが多い。だから、芸能界やファッション業界には「スターたちの無名時代のことを知っていても、知らない振りをしろ」という不文律がある。「やたらに親しげな、よく知っているそぶりをしようと昔の話を持ち出したら、そのスターには二度と会えないと思え」ということだ。

 トップモデルのBさんは無名時代、所属事務所の代表が有名デザイナーに「泣きついて」ファッションショーでデビューを果たした。当時の所属事務所代表は、同じ事務所の女優をファッションショーに出させてほしいというデザイナーに、「Bもバーター(抱き合わせ出演)で出してほしい」と頼んだ。デザイナーは乗り気でなかったが、これを拒否すれば出したい女優も出てくれそうにないので、仕方なくBさんも一緒にモデルとして使った。ところが、このショーをきっかけにBさんはファッション界で注目されるようになった。当時、Bさんをショーに出したデザイナーは「デビュー直後にはほとんど毎日ショップに顔を出していたが、本格的にドラマや映画に進出、人気が出てからは連絡もほとんどない」と言った。「デビュー当時をよく知っているわたしを嫌がる気持ちは分かるが、正直言って寂しい」ということだ。

 女性トップスターのCさんは、無名時代に「ファッション誌のグラビアに出させてほしい」と、母親と一緒にファッション業界関係者を訪ねて来たことがある。この関係者は「Cさんの今しか知らない人たちは、彼女が母親の手を握り、僕のところに来たなんて想像もできないだろう。先日もプライベートな集まりでそれとなく話を切り出したが、知らんぷりされたのでそれ以上は話さなかった」と言った。

 そうした一方で、人気女優のDさんは、インタビューなどで自分を芸能界にデビューさせてくれたファッション界関係者に必ず言及する「律義な」タイプだ。彼女を街でスカウトした業界関係者は「わたしのことを話すからではなく、感謝することを知っているというのが素晴らしい」と言った。

チェ・ミンギ記者


コチラからお借りしました。



さて、明日は、ダシダのCFを韓国で撮影のはずのサンウくん。

当然もう、今頃はご自宅に帰っていることでしょう。


空港での目撃情報とかは入っていませんが・・・

(一昨日あたり、香港にいらしたとの情報も)

彼がどこにいようと、元気でお仕事していたら、

私は、それでいいかな^^


あまり、プライベートを追うこともね~~


別状がないのが、最高です。


ね、サンウくん。


数日前の撮影の様子。

素敵ですね^^

b915364212a3deceb3d24a8de17b8f2f.jpg



中国ペンさん、ありがとうございます。


スポンサーサイト



今日のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(0) |permalink
帰省してきました
おはようございます^^



今日で、年休も終わりですね~

今日は、先輩のご主人の告別式なのでちょっと出かけて来ます。


先輩は、希望の星だった方・・・・

そして、そんな存在でありえた先輩は、あの御主人がいらしたから、

ご活躍できたと、誰もがみなそう思うような偉大なご主人でした。


私たちみたいな、『活動専業主婦』はご主人の忍耐力と包容力の上に

成り立ってますから・・・・(笑)。


あ、私の場合は、体力も知力もない上に、主婦業が手抜きになると、

「ちょっといい加減にしてくれないかな~ 酷いんじゃないの?」と、

ご立腹のパパさんがいるので、大成しなかったわ(爆)。


でも、これでも八方丸くおさめるのもなかなか苦労なのよね~


さて、みなさんは退屈かもしれませんが、

昨日まで2泊3日で行った、信州への帰省。


続きです~~^^




書き忘れたんですが、5日の夕方家を出て、

約5時間で実家に到着しました。

連休と言うのに、平日より高速が空いていてびっくり!


それで、片道通常5,700円くらいの所が1000円ですから~

これは、ものすごいお得感。ホクホク^^


実家に着いて真っ先にお風呂に入りました。

これが、天然温泉のかけ流し^^


家族ぶろに一人でゆった~り入りました。

ポカポカに温まって、次の日の朝までじんわりいい気持♪


やっぱり、温泉はいいです♪




そして、6日。

午前中は9時過ぎに娘がソリに乗りたいと言うので、

ちょこっと付き合いました。

実家の貸しソリと、私の昔のスキーウエァー。

ソリを担いで、徒歩30秒の隣接のスキーへ。


雪は、スキーをするには少ないけれど、ソリをするには十分。

スキー場3

ここは、私が4,5歳の頃から小学校低学年ころまで

一番良く来た遊び場。


このゲレンデの真ん前に、1歳年上のお友達がいて、

二人で、毎日毎日、どれくらい遊んだか~~


スキーだけじゃなく、夏も秋も春も格好の遊び場でした。

野山を駆け回るっていう言葉があるけど、

それって、正に、私の子ども時代のこと^^


どれだけ、幸せな子ども時代だったのか・・・・

過ぎ去ってみて、今、初めて気がつきます。


夏だって、この斜面を全速力で駆け降りる・・・

スキー場2

それが、夏の筋力トレーニングになって、

子ども時代の私は、ま、足腰も丈夫で敏捷性もあって、

スポーツ大好き少女でした^^  とり得はそれだけだったもんで^^;

いまは、片鱗もないけれど・・・・(苦笑)。




スキー場

このヒュッテには、日本人としてはじめて冬季五輪メダリストとなった

猪谷 千春(いがや ちはる)さんのお父様、

猪谷六合雄(いがやくにお)さんが建てて、スキー教室もあったところです。

私の子ども時代は、猪谷六合雄さんや奥さまが住んでいらしたと思います。

奥様は、多分60歳くらいだったと思いますが、

よく、ゲレンデで豪快な滑りを見せていらっしゃって、

子ども心に、あのお年になってもスキーをするだなんて凄いと

感心していましたが、今は、60,70歳の女性スキーヤーも

珍しくはなくなりましたね。



このヒュッテは、20年くらい前に、当時の姿を再現したものですが、

私の中では、昔のヒュッテのたたずまいが、今も鮮明に脳裏に残っています。



一頃、猪谷記念館・・・みたいにスキーの歴史資料館のようになっていましたが、

今は閉館し、展示物も別の所に移されたようです。



さてさて、この日、娘はこのヒュッテの前のこの坂で、

スキーではなく、ソリに乗りました。

そり遊び4


そり遊び3


とにかく面白かったらしく、キャーキャーと、子どものようでした(爆)。


ソリ遊びのお付き合いも、20分くらいできりあげ、

その後、父の手伝い。


昼食は、ふきのとう、タラの芽、コゴミの山菜天ぷらそば。


写真撮り忘れました~~^^;


義理の妹が、天ぷらを揚げてくれました^^


お蕎麦とつゆは、母が・・・・


わが家に帰ったんだなと思いました^^



午後は、弟の部屋でお喋りとちょこっとブログ更新。


弟とは、子どものころからとても仲良かったので、

ものすごく居心地が良くて、3時間くらいあっという間。


午前中に、父と採った大量のふききのとう。

ふきのとう2


天ぷらの残りをきれいに洗って、下ごしらえ。

洗う


(その後義理の妹が、ふき味噌にしてくれました。感謝)


そのあと、夕食作りをちょっとだけ手伝い、早い食事。

7時半にはもうお風呂へ^^

娘と久しぶり二人で。


お互いに背中を流しっこしたかったのに、私の背中は流してくれたけど、

娘の背中は自分でするからいいって・・・(苦笑)。


韓国ドラマのようにはいきませんね~~(笑)。


サンウくんのドラマには、親子での入浴よくあるけれど、

うちは、いつも断られます^^



で、早めに休んで、次の日はもう朝に発ちました。


あっという間でしたね~~


でも、今回は途中までは両親と弟も一緒だったので楽しかったです。


続きは、昼食後、両親たちと別れてから清里に向かったお話です。


サンウくんは、オプソ話なので、ご興味のある方だけどうぞ・・・・

⇒ 続きを読む
今日のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(2) |permalink
映画の撮影情報
留守の間、どんなニュースがありましたか?

中国の撮影は順調なのでしょうか。


韓国記事は、出かける前にすでに分かっていた情報ばかり・・・


てことは、平穏無事(笑)、だったんですね^^


まだ、載せていなかった記事なので、一応載せますね^^


記事二つ。



'クォン・サンウ-張柏芝'
映画'もう一度愛している'の撮影現場の姿に'ファンたち歓呼'

2011.05.06(金)12:32


[ティブイデイルリ=チョン・ソヒ中華圏専門記者]

俳優クォン・サンウと中華圏トップスターチャン・ペクチ(張柏芝)の呼吸で
話題を集めている中国映画‘もう一度愛している’の撮影現場が公開された。


映画スタッフと市民がとったと見られる撮影会場現場写真は
最近‘鳳凰網’、‘臣民王’をはじめとする中華圏の色々な言論媒体を通じて
公開されてファンたちの視線をひきつけている。


写真では花屋を背景にすっきりしていたスーツの服装のクォン・サンウと
反束ヘアースタイルで清純な雰囲気を漂うチャン・ペクチが撮影を
準備しているような姿を見ることができる。


特に写真の中で、チャン・ペクチは大部分の写真でイヤホンをさしていて
感情没入のためのものなのか映画の中の女主人公の実際の姿なのか
気がかりなことをかもし出す。


写真を見たインターネットユーザーは“どんな映画か本当に期待される”、
“写真だけ見ても胸がときめく”、“とてもよく似合うカップルが
誕生するようだ”という反応を見せて期待を隠すことができなかった。

一方、クァン・ジンポン監督がメガホンを取った今回のロマンス映画
‘もう一度愛している’は、去る26日中国、深センで初めての撮影を
始めたし今年の下半期封切りすると発表された。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

クォン・サンウとゆで卵

htm_20110502165958020000020301-001.jpg

痛み|クァク・キョンテク監督| 8月封切り予定

<痛み>の食事場面. ナムスン役のクォン・サンウがゆで卵をおかずなしで、
ご飯だけをむしゃむしゃかむ。

無痛覚症患者のナムスンが味を感じることができないという事実を見せるためだ。
天涯孤児の彼のそうでなくても孤独な境遇が一層不憫に見える。
この日クォン・サンウはゆで卵を十五個近く飲み込まなければならなかった。



サンウくんの記事ではないんですが、

共演のチョン・リョウォンさんの記事がありました。


素敵な記事だったので、お借りして来ました。

ますます、チョン・リョウォンに親近感がわきますね~^^

コチラから

インタビュー:チョン・リョウォン「夢は薬剤師だった


736667468853198850.jpg
チョン・リョウォン

 チョン・リョウォンが「夢は薬剤師だった」と語った。アイドル歌手から女優に転身し、今は30代の中堅芸能人だが、当初は自分が歌手になるとは夢にも思わなかったという。

 チョン・リョウォンは小学校から二十歳までオーストラリアで生活した。歌手になったのは本当に偶然だった。「“白い雪を見たい”と思い、洋服2着だけを持って韓国に来ていたところ、Chakra(シャクラ)のメンバーにキャスティングされました。それで突然、レッスン生生活で忙しくなりました。スキー場へ行って雪を見ようと思いましたが、韓国に来てから今までちゃんと行ったことがないですね。音楽番組に出演するために行ったことがあるだけです」。

 10代のころ、チョン・リョウォンは薬剤師になりたかった。しかし、大学の専攻は全く違う国際貿易だ。「薬学部に行くには成績が足りなかったんですよ(笑)。それで国際貿易を専攻しましたが、今もし、薬剤師をしろとか国際貿易専攻者として会社に通えと言われたら、まともにできていないと思います。ハハハ」。

 キリスト教信者のチョン・リョウォンは「やはり神様が女優という職業をわたしに下さったと思います。歌手としてステージに立っていたときも、“わたしが一番好きなのは、これではない”と感じていました。薬剤師も、大学の専攻である国際貿易も、歌手も完全にわたしのものではなかったのです」と語った。

 女優が天職だと感じたのは、2002年に放送された初の朝ドラマ『サクソホンと大福もち』のときだった。「ジュヒョン先輩が、“君は歌手ではなく、女優をやりなさい”とおっしゃってくださいました。その言葉を聞いて、感情演技をしましたが、“本当に息をしているな”という気がしたんです。その後、本当に演技をすべきだと思いました」。

 自分が望む道を探せたことを彼女は真空掃除機とアイロンに例えた。「自分は一生アイロンだと思っていたけど、40-50代に真空掃除機だということを知るかもしれないじゃないですか。ところが、自分の意志とは関係なく、このように早い時期に真空掃除機として生まれたということを知れたのは、本当に不思議です。わたしが信じる神様が、完ぺきにわたしの人生を設計してくださったという気がするので、幸せです」。

イ・イェウン記者
スポーツ朝鮮/朝鮮日報日本語版


俳優を天職だと感じて演じられる・・・・

幸せなことですね~


スキーをしたいなら、日本もいいですよ~~^^


サンウくんの昨日の写真(?)、中国サイトさんからお借りしてきました。


ありがとうございます。

7137b87dtw1dgyiyc3qx9j.jpg

元気に撮影してるなら・・・・嬉しいです♪


クォン・サンウ出演映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |permalink
| home |