FC2ブログ

☆ Smile KSW ☆

俳優クォン・サンウ氏のファンであるnatuの日常のつぶやきブログです。 
監督 “また‘砲火の中に’作っても私が演出したくて”
監督のインタビューがありました。


振り返ってみて、この映画の製作はほんとうに大変だったと思います。


よく、成し遂げられたと思います。


監督、俳優、スタッフのみなさんに沢山の賞賛の拍手を送りたいと思います。


続きに、今年は予想に反して戦争ものが1作品になってしまったと言う記事もお借りしました。





イ・ジェハン監督、“また‘砲火の中に’作っても私が演出したくて”
(インタビュー)2010-07-26 14:51:34

[マイデイリー=キム・ギョンミン記者]

朝鮮戦争を背景にしたブロックバスター‘砲火の中に’が封切りしたのもすでに、一ヶ月が過ぎた。

330万観客(映画振興委員会コンピュータ・ネットワーク集計結果)を動員して期待値ぐらいの興行成績を記録したが、‘砲火の中に’は、話も多く落ち度も多い映画であった。

封切り前、米国、スタンフォード大学試写会当時ふくらんだ‘Sea of Japan(日本海)’論議をはじめとして主演クォン・サンウの‘ひき逃げ’事故まで、封切りずっと悪材料が絶えなかったし、‘日本海’論議ではイ・ジェハン監督の公式謝罪まで続いた。

映画封切り初期広報に汲々としたインタビューを離れて300万を突破した時点で会ったイ・ジェハン監督はその間できなかった話を待ったようにさらけ出した。

イ・ジェハン監督が先に明らかにしたことは‘日本海’論議、事件がふくらんだ当時多数の大衆は彼に非難をはき出したが一部では朝鮮戦争当時正しくなされた地図がなくて米軍が日本の地図を翻訳して使ったし、その結果‘日本海’という表記が考証に従ったことという指摘もあった。

だが、イ・ジェハン監督は“弁解をしようとするなら考証理由を上げることもできた。 だが、韓国で韓国人のために作った映画に‘日本海’は製作者の失敗だけのことだ”として“その論議は何度も話しても演出者の私の誤りで、私が不足したためだ”と繰り返し謝罪を伝えた。

引き続きふくらんだことはクォン・サンウのひき逃げ事故、‘砲火の中に’の中心軸だった彼の個人的な事故は映画にも支障を及ぼしたという評価があった。 この監督はクォン・サンウの事故に対して‘惜しい’という立場だけを伝えた。

この監督は“俳優個人の問題であるだけ、結果を置いて是非の言い合いするのは正しくない”として“クォン・サンウは映画内で十分に役割をして出したし、演出者は映画内の俳優を統制するだけだ。 惜しいだけだ”と説明した。

‘浦項(ポハン)女子中’を守った71人学徒兵の実話を扱った‘砲火の中に’だが、映画が公開されるとすぐに大衆は‘ストーリー’がないという指摘を吐きだし始めた。 映画ずっと戦闘映像だけ流れるだけであって、人間らの話がないというのがその理由だ。

これらの指摘にこの監督は“すべてのキャラクターに対する設定はしておいたがそれを論じないで行こうと製作段階から確定していた。 ランニングタイムが長くなれば映画自体が緩くなりえるのでネロティブを簡潔にしたかった”として“話の中でキャラクターの過去がにじみ出るようにしたかった。 こうした冗長な設定を2時間20分の映画に入れることはできないのではないか?”と質問を投げることもした。

‘砲火の中に’は、真冬の厳しい寒さに撮影を進行しなければならなかった。 この監督はこの映画を撮りながら体験したあらゆる苦難を説明しながら声が高まることもした。 短い製作期間と香香港から直接空輸したが頻繁に故障を起こす銃器ら、そしてスタッフと出演陣を調整することまで、現場で彼は71人の学徒兵中隊長の‘チャンボム’の心をあまりにもよく理解できたと回想した。

“今回の映画を撮りながら‘チャンボム’の心をあまりにもよく理解した。 映画序盤臆病でで人も殺せない‘チャンボム’が後で一人の戦死がいいじゃないの?”と伝えたこの監督は“私もまた撮影現場であらゆる苦労しながら‘チャンボム’のように変わったと考える”と笑って当時の状況を説明した。

このように苦労したあげく誕生した‘砲火の中に’、もし後続作が作られるならばもう一度監督を受諾するかという質問にこの監督は快く“当然するだろう、戦争映画ぐらいヒューマニズムと人間の本性を照明できる作品はない。 ブロックバスターの有無を離れて戦争を素材にした映画ぐらいドラマチックな作品はないと考える”と答える。

インタビュー末でこの監督はすぐ一つ質問を投げる。 “映画を見た観客として率直な返事を望む”とウンを時は彼は“私の映画に本当に色がありますか?”と尋ねる。

“観客ごとに違うだろう”と返事を投げるとすぐにこの監督は“色も何もなしで戦争の現実を見せてあげたかった。 だが、それを受け入れる人ごとにとても差が大きかったよ”と訴えることもした。

事実‘砲火の中に’を通じてこの監督はあまりにも多くの悪意の批判を受けた。 映画内容だけでなく個人的な身上まで、一部では幼い時期米国に移民をした彼の経歴まで露骨に非難する文まで存在するほどだ。

このような非難に対して尋ねるとすぐにこの監督は二三の返事をすると、“全部資質ないことだけ”と話を減らす。 だが、彼の一言は明らかだった“祖国を離れていれば祖国がさらになつかしいものです。 国に対する愛と愛着、そんなことがなかったとすれば‘私の頭の中に消しゴム’と'砲火の中に'が誕生したでしょうか?”



海外で生活したからこそ、自国を更に愛するようになる。


これは、万国共通です。


「日本海」表記に袋叩きにあっても、弁解せずにただひたすら謝った監督。

対応の仕方、誰かさんも倣ったらよかったのに~~~


このインタビューの言葉、とても重みがあって 読後爽やかな感じになりました。





6.25 60周年'戦争映画'多いといったのに...'飽和の中に'唯一


2010.07.26 10:33 |照会305

[OSEN=チェ・ナヨン記者] 6.25 60周年、だが、戦争映画は珍しかった。

イ・ジェハン監督の'砲火の中に'が6.25 60周年を記念した唯一の映画になった。

当初6.25 60周年をむかえて今年眼に触れる戦争映画らが次から次へ登場すると予想されたが'砲火の中に'だけが適時に封切りして6.25 60周年を記念した。

今年のはじめ映画関係者たちラインナップには特殊な異常気流でブロックバスター戦争物が何便か登場すると見通した。 だが、10月1日国軍の日封切り予定で企画中だった'真っ赤なマフラー'続編が適時に封切りできるかタイミングを合わせられなくて、クァク・キョンテク監督が3Dで製作するといって話題を集めた'美しい私たち'はシナリオ、投資状況などの理由で撮影が遅れている。

ハリマオピクチョスで製作するツートップ戦争物'西部戦線異常なし'もやはりまだ企画段階で、'美しい私たち'と同じ素材を持って他の方式でリリースする予定だった'延坪(ヨンピョン)海戦'もやはり同じだ。 チャン・フン監督の次期作戦争映画'固持(告知、高地)前'も来年にでも観客らに会うものと見られる。

今年は'JSA'や'welcome toトンマクゴル'のような映画も探せなかった。 戦争素材の映画が成功した最も最近の事例は去る2007年封切りした'光州5.18'だ。 この前韓国戦争中国軍従軍らが残したドキュメンタリー映画'定義の進撃'が'60年前、斜線で'という題名で復元されたが、多くの大衆と呼吸することは大変だった。

113億ウォンが投入されたブロックバスター戦争物'砲火の中に'だけが6.25 60周年を適時に記念した作品という点で意味を持つ。 戦争当時71人学徒兵の感動的な活躍を扱った作品で主人公タップ(チェ・スンヒョン)のスクリーン デビュー作で話題を集めた。 どうしても戦争物はその規模が大きくて、ある程度正確な歴史考証が必要だからスリラーのようなジャンル物より時間がたくさんかかる理由もある。

ドラマでは戦争素材ドラマMBC 'ロードナンバーワン'とKBS 1TV '戦友'が放送中でも大きい反応は得られずにいる。 スクリーンとテレビ劇場で砲弾がさく烈する声をたくさん聞くようしたかったが、上半期スクリーンではまだ一編の映画だけ登場した。
クォン・サンウ出演映画 | トラックバック(0) | コメント(2) |permalink
<< 片目で見た お国事情 | home | Mr.Tearsからお知らせ >>
Comment

管理者にだけ表示
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010/07/27 Tue| | [ edit ]
○○さん♪
全くですね~~~
同感です・・・・
ネットユーザーもマスコミも・・・

考えちゃいますよ・・・

この監督さんで良かったですね~~^^
2010/07/27 Tue| URL | natu [ edit ]
Trackback
| home |